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かが屋・単独ライブ「瀬戸内海のカロカロ貝」から見るコントキャラクターの人間性

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恥ずかしながら僕が「かが屋」の事をきちんと認識したのは
2018年の春手前くらいであった。

マセキ芸能社のタレントページにアクセスし、「あっこんな若手が入ったのか」や
「この人って今27歳なのか」と考えをめぐらせながら度々チェックはしていた。

前々からガクヅケ・きしたかのパーパー・フカミドリ・ゆーびーむ☆などは
存在を認識していたし、ネタも見た事があった。

若手芸人が売れる時には3段階の流行りがある。

1つ目は芸人・作家など同業者の周りで流行る。これは今面白い芸人は誰?今ライブで一番ウケる人は誰?などいわゆる「口コミ」による流行だ。

僕は以前、ワタナベエンターテインメントの事務所ライブのスタッフをやっており、
少なからず他事務所の面白い芸人の話も耳にする事があった。

誰と話した時かは覚えていないがその時に「今、かが屋が面白いですよ」と聞いた。

その時僕は、「かが屋」といコンビ名を聞いたのが2回目である事に気付いた。
1回目はテレビ東京「ゴッドタン」が毎年行なっている企画「この若手知ってんのか?」という、若手お笑い芸人にスポットを当てた企画。

数多いる若手芸人の生の声を反映させた様々なランキングを作り、
まだテレビにほぼ出たことのない若手芸人が出演する、東京のお笑いファンには
たまらない企画である。

2017年の「この若手知ってんのか?」内の『こいつは天才だ!』部門の中で
かが屋は第3位に選ばれていた。

その時のランキングが
1位ランジャタイ
2位まんじゅう大帝国
3位かが屋
4位わらふぢなるお
5位卯月

かが屋だけ僕は把握していなく、「かが屋、へぇー。面白いんだ」くらいにしか
気に留めていなかった。

そんな一度耳にした事のある「かが屋」を再び耳にしたという事は
近いうちにライブに足繁く通っているお笑いファンも評価しだすだろうと
考えていた。そして、この「お客さんの間・テレビ制作者の間で流行る」というのが
売れるための第二弾階である。

いわゆるアイドルのように若手芸人の中にも「推し」がある。特定の芸人が出演する
ライブだけに通う人もいれば、事務所推しというファンもいるし、K-PROが主催するライブのように異なる事務所から集まった芸人たちによるライブを見たがるファンもいる。

このK-PROライブに行くファンがかなり重要だと僕は認識している。基本的な推しの
芸人はいるが、そもそも「コントが好き」「お芝居が好き」「漫才が好き」という人は
面白い芸人を純粋に評価する。一昔前、三四郎が売れる前もK-PROのお客さんがいち早く面白いと言っていたイメージがあった。

そして、第三段階「テレビ出演をする」事で多くの視聴者に認知される事が
何よりの売れるきっかけである。

ENGEIトライアウトへの出演をきっかけに「ネタパレ」「冗談騎士」「爆笑ドラゴン」など、ネタ番組への出演をしていった。

そんな、ただただファンの状態で今回のかが屋第2回単独ライブ
『瀬戸内海のカロカロ貝』に僕は足を運んだ。

会場は東京都・世田谷区・下北沢にある『北沢タウンホール
キャパシティは約300で若手芸人が単独ライブをするライブ会場としては
広いと思う場所だ。

単独ライブを実施する一報が発表された際の僕の率直な感想は
「え!北沢タウンホール!? けっこうデカいとこでやるな」であった。

しかし、蓋を開けてみればチケット発売時間の1時間後には即完、
追加公演分も瞬く間に売り切れるという事態となった。

若手芸人の単独ライブに通う人であればわかるが、キャパ300のチケットが
あっという間に売れるなんて異常である。

おそらく本人たちもこんなにも早く売れるとは思っていなかったと思う。

ライブ会場を見渡すと、本当に色んな年齢層のお客さんが座っている。
僕と同世代の20代の男性もいれば50代ほどの女性もいる。

男女比でいうと6:4でやや女性が多いと感じたが、
改めて老若男女から支持されているのだと感じた。

公演内容は全てコント。本来、ネタとネタとの間には「幕間映像」と呼ばれる事前に
撮影したVTRを流したりして次のネタへの衣装を着替える。

芸人さんの心情として「仮にネタが不発だったとしても幕間映像でウケて欲しい」と
思って、とりあえず幕間映像を撮影しようと考える人が大半である。

しかし、1本目のコントを終えた後、一瞬の暗転を挟んで
かが屋の2人は前説のようなものを始めた。

「さっ1本目のコント見ていただきました。この単独ライブは幕間映像はないです」と
言い、2本目のコントの準備のため再び暗転となった。

このスタイルも中々珍しい。ネタとネタの間の暗転中は「転換」といい
次のネタのための小道具の準備が行われる。設定に必要な椅子やベンチなどが
置かれるのであるがネタによってはこの転換作業がかなりの時間かかってしまう。

その間、辺りは真っ暗になってしまうため、転換に時間がかかればかかる程
お客さんとしては「待ち」の状態が長くなってしまう。

言うなれば転換に時間がかかる程、ネタへのハードルは自然と高くなってしまうのだ。

そういった事を回避するため、お客さんが笑うテンションを保つために
幕間映像を用いる事が多い。

そんな事は百も承知の2人であるが、かが屋はあえて幕間映像ナシの
単独ライブをやり遂げた。

ネタが始まる前にスライドで「ネタのタイトル」が
表示されてからコントが始まる。こういった配慮もお客さん心理からしたら
ありがたい。ネタタイトルがない場合、勝手にこちらが「喫茶店」「告白」など
タイトルを付けるのだがタイトルがある事で、誰かにネタの話をする際に
「あのネタが面白かったよ、親友のネタ」などと言いやすい。

公演時間は約90分。90分の間で7つのコントを披露した。
かが屋の特徴として「衣装にさほど個性を出さない」というのが挙げられる。

直接本人たちが言っていた訳ではないので推測であるが、
ラーメンズ」を意識しているのではないかと思う。

そう思うと、ベンチ以外のコント内のイスは全て「白いボックス」で代用されていた。これもラーメンズ宇田川フリーコースターズ・genicoといったかが屋の共通項の嗜好をオマージュ・リスペクトしたためと勝手に解釈が止まらなくなってしまう。


加賀さんが黒Tシャツにジーンズ・加屋さんが白Tシャツにジーンズと
お決まりの衣装としてはまるで味気がない。

コントで人を演じるという事は当たり前であるが「誰かを演じている」訳である。
それをする以上「見た目」でその「誰か」に近づける作業を普通ならしたくなる。

むしろディティールを追求するために「見た目」を凝るのがオーソドックスだ。
しかし、そのディティールをかが屋は「マイム」「視線」「挙動」で表現している。

僕が「細かい所まで追求している」と感じたのは、かが屋の代表的なコント
「電車の中でなぞなぞを出題している人」のコントの中での一幕だ。

加賀さんが「普通ののこぎりよりも、錆びているのこぎりの方が切れやすいものってな〜んだ?」と友人になぞなぞを出題する男・加屋さんがそのなぞなぞをたまたま
聞いていて答えたくなってしまう男を演じているのだが

出題した相手が目当ての駅に到着したため降りてしまい、リュックの中から
イヤホンを取り出し音楽を聴こうと加賀さんがするのだが

イヤホンをほどきながらどっちが「右」でどっちが「左」なのか
ほんの一瞬だけ確認する演技があるのだ。

イヤホンの種類にもよるが「Right」「Reft」と書かれていたり、穴の形で
どちらか分かるものもある。

こんな、『人が無意識でやっている事』で言うなれば
笑いには全く関係のない所作である。

「イヤホン取り出してiPhoneに挿す前にどっちが右でどっちが左か確認するよね」
なんてわざわざ人に言うほどの事でもない。

僕もこのコントを2回目に見て加賀さんがイヤホンの左右を確認していると
気づいたほどだ。しかし、「コントのディティール」というのはこういったお客さんに気付かせるのを目的としていない動作から生まれるのだと改めて感じた。

同じようにそう感じたのはハナコさんがキングオブコントで披露した「犬」の
コントである。

このコントは、岡部さん演じる「飼い犬」の気持ちを擬人化したものであるが
僕は秋山さんの非常に細かい演技が気にかかった。

「外から帰ってきた秋山さんが玄関で靴を脱ぎ、背負っていたリュックをリビングに置き、洗面所で手洗いをして、タオルで手を拭き、手洗いを終え、リビングのイスに
腰掛け、リモコンでテレビをつけ、目線をテレビ画面がある方向に向けている」

これは、「人が帰宅してから一息つくまでのオーソドックスな流れ」を演じている。
言うなれば「日常」である。賞レースという限られた時間の中ではどうしたって次の展開・次の笑いにいきたがるものである。

さらに言うとこのコントでは岡部さん演じる「犬」が主体のネタだ。お客さんの視線は
まず9割方岡部さん演じる「犬」に注目する。目の端っこの方で秋山さん演じる
「犬のご主人」が手を洗っている所・イスに腰掛ける所・リモコンでテレビを付ける所は見ているがそこに注目する人物など初見ではほぼいないだろう。

しかし、このような細かい演技は知らず知らずのうちに「コントの土台」と
なっている。NHKの「笑けずり」という番組でシソンヌがコントのリアリティについて講義を行った際、おばさん役を演じたじろうさんは『このホクロの位置もけっこう
こだわってるんですよ』と言っていた。

じろうさん演じるおばさんは妙に色気があり、あたかも「実在する人物を模している」とすら思わせるほどクオリティが高い。

ハナコさんのコントもかが屋のコントもそのような所作から「世の中にいる誰か」
だと感じさせる事ができ、自然とコントの世界に入っていけるのだ。


今回のかが屋の単独ライブには一貫して「不器用」「優しい」という要素が
散りばめられていた。

登場する人物がとにかく「いい人」で構成されているのだ。
基本的な衣装は加賀さんが黒Tシャツ・賀屋さんが白Tシャツでコント内の人物像は
異なるのだが、登場するコントキャラクターが「純粋」なのである。

中でも、「ランチ」というネタは驚くほどに純粋な人物を演じていた。

ベンチに腰掛け、ペットボトルのコーラとスティックパンを食べている加屋さん。
スティックパンを1本だけ残し、また後で食べようという表情をし、袋を輪ゴムで止めリュックの中にそのスティックパンを入れるという所からコントが始まる。

少し言いづらそうに加賀さんは「(アパートの)更新料とか重なって今本当に
お金なくてさ。あさってになれば何とかなるんだけど…」とかなりの金欠で
ある事を訴えだした。

明確にそういったワードは出ていないが僕は勝手に「同じ大学の同級生」で
「授業と授業の合間」という一幕を切り取ったものだと解釈をした。

大学の時、たまにスゲー金ないやついたなぁと思い出しながらそのコントが進むのを
見ていた。

加賀さんは「なんか食べるもの…口に入るもの持ってない?」と加屋さんに聞いた。
先ほど、「後でのお楽しみにとっておこう」とスティックパンをリュックの中に
しまった賀屋さんはここから苦悩の表情を浮かべる。

そんな事情など全く知らない加賀さんは「何か食べるものはないか?」と真剣に
魂の叫びを口にする。

まずスゴいのはこんな「本当になんて事のない状況」をコントにしようと
思った事だ。

以前、かが屋がBSフジ「冗談騎士」に出演した際に加賀さんは「小さくパニックに
なっている人が好き」とおっしゃっていた。

そう考えるとこのコントはかが屋の真骨頂だ。

「お金がなくて藁にもすがる思いで食べるものをくれ」と訴える友人に対し、
「スティックパンを持っているが、あげるかどうかで苦悩している男」の
良心といやしい気持ちの狭間で揺れ動く様が実に鮮明に描かれている。

コントの設定としての派手さは皆無である。誰にでも起こりうりそうな、
しかし、数年後に振り返ったら決してトピックスには挙がらなそうな
「日常の中の困った出来事」を切り取っている。

ただ、各芸人『やりたい笑い』というのはそれぞれ持っている。
その『やりたい笑い』がかが屋にとっては
「小さくパニックになっている人物の描写」なのである。

賀屋さんの「友達だから力になりたい、だけどスティックパンはあげたくない」という
気持ちをコントで表現する際、その手法はいくらでもある。

例えば、「うわー絶対スティックパンあげたくねー」など「心の気持ち」を音声で
表現したり、展開として「あげられる物は何もない」と嘘を突き通す事はできる。

なんなら同じ設定で他の芸人がこのコントを作った際に、「100円あげるから
これで何か買えよ」や「俺ん家来て何か飯食べる?」といった展開に持っていたりも
出来るだろう。

しかし、このコントは「後で楽しみにしているスティックパンがある事は絶対に知られたくない、でも友達の力にはなりたい」という点が肝である。

それを表現するとしたら「お金で何か食べ物を買う」というのは
まず削ぎ落とす展開であると感じた。

そしてこのネタは加賀さん演じる「金欠の男」のピュアさが随所に現れている。
リュックの中をくまなく探すとガムがある事に気付き、これならあげられると
賀屋さんが言い、ガムを口にする金欠の男。

本当に空腹の際に食べるガムに感動し、「うめぇ〜」と心からの感想を口にした。

そして、賀屋さんは残り少なくなったペットボトルのコーラを金欠男に差し出すが、
「これはもらえない」と金欠男が断るシーンがある。

本当に空腹で何かを口にしたい人物なのに「コーラなんて頂けない」と
断固として断るのだ。もし自分にこんな状況が降りかかったら絶対コーラを飲みたいが
その断る一連の流れで金欠男が「本当に真っ当な人間」という人物像を感じ取る事が
できた。

そして、「(飲み干したコーラの)空き容器ならもらう」と金欠男は言い放つのだ。
こんな、ピュアなコントキャラクターが未だかつていただろうか。

ここまで一貫して金欠男が「ピュア」でないと
まず出てこないフレーズであろう。

これほどの「いい人」「謙虚な人」は中々実生活では遭遇する事は少ない。
芸人のネタというのは『偏見』や『誰か特定の人物への敵対意識』などを
ネタにする事が多く、ネタによっては刺々しい内容になってしまう事も少なくない。

かが屋のコントの中には怒っている人物が度々登場するが、その人物が理不尽で怒る事はない。その人物が怒る「正義」がきちんと集約されているのである。

他のコントも一貫して「不器用だけど、綺麗な心の持ち主」という要素が
盛り込まれている人物が登場しており、単独ライブ全体を通して見ると
「とても、幸せな気持ちにさせてくれる」公演であった。

その優しさはコントだけでなく、アンケート用紙にも現れていた。

「ドラマ、映画、漫画などジャンル問わずお好きな作品を
おすすめしてくださると嬉しいです。」と書かれた項目が設けられており、
お客さんが自由に自分の好きな作品を書く事ができるのだが

その言い回しがとても謙虚。

ここの文言が「おすすめの作品を教えて下さい。」でもなんら問題はない。
そこを「おすすめしてくださると嬉しいです。」と書かれているのが
まるでかが屋の2人が是非教えて下さいと言っているように捉えられるのだ。

こんな細部まで優しさで溢れている公演にとても感銘を受けて
久々にブログを更新した次第である。


用意されたコントが全て終わり、エンディング映像が流れた後、
物販で売られていたTシャツのデータを入稿した時の話を2人がしだした際、
もう一点いいなと感じた事があった。

入稿の手続きを加賀さんが担当し先方とやり取りしていたのだが
ワンポイントTシャツのプリントが思っていた以上に薄く、ワンポイントが
全く目立たないものになってしまった。

賀屋 「『そうや君、ごめん』っ言ってきましたからね」

と加賀さんが賀屋さんに謝った時を話を賀屋さんが喋っていたのだが
「加賀さんって賀屋さんの事下の名前で呼ぶんだ」と僕は感じた。

賀屋さんのフルネームは賀屋壮也(かが そうや)と言うのだが「下の名前を君付けで
呼ぶ」という情報だけでコンビ間の仲の良さを感じる事ができる。

バナナマンは人前に出る際はお互いの事を「日村さん」「設楽さん」と
「さん付け」で呼ぶ。しかし、普段日村さんは設楽さんの事を下の名前で
「統(おさむ)」と呼んでいるのだ。

Qさまでかつて行った「バナナマン解散ドッキリ」の際に日村さんは設楽さんから
「ミュージシャンになりたいから解散して欲しい」と告げられ、
「ミュージシャン?統が?」と相槌を打っていた。

普段はお互い「さん付け」しているバナナマンの「素」の部分が垣間見れた一幕で
個人的にはとても記憶に残っているシーンだ。

今回のエンディングで賀屋さんがポロッと言った情報も人によればさほど
気に留めないものだろう。しかし、その何気ない賀屋さんの発言で2人の仲の良さを
感じる事ができた。

ファン心理としてはそういった事が分かるだけでも嬉しいものである。

あっという間に今回の公演のチケットが売れたのも
かが屋のコントから自然と2人の「人の良さ」がにじみ出ていたからかもしれない。

終演後、帰ろうとした際に僕にとっては聴き馴染みの音楽が聴こえてきた。
andymoriの「1984」だ。

andymoriも好きなのか!と最後まで気持ちのいいまま会場を後にした。

バナナマン結成時の日村さんの言葉を借りるならば
「(かが屋は)これからスゴい事になるぜ」。